2004年11月12日
シフォンケーキ宇宙編
私はシフォンケーキをよく焼く。シフォンを焼くようになったきっかけは、自宅のキッチンの改装時にオーブンが入り物理的に製菓環境が整ったことと、その頃読んだ新聞のコラムで毛利衛さんがお菓子作りを趣味としていることを知り、その影響を受けたからである。私は宇宙飛行士ではないが、大学では航空宇宙工学を専攻していた。それゆえにシフォンのドーナツ形状に何かしらスペースステーションのような宇宙的なものを感じ取ったのかもしれない。先日立ち会ったある取材で、風景画家が、描いているときに自分がその風景に溶けるような、宇宙を感じるような気持ちになるときがあると答えたのを聴いて、感銘を受けた。実は私もメレンゲを泡立てながら泡宇宙論に思考を巡らせていた。シフォンケーキは泡宇宙論を超える。なぜならシフォンはメレンゲをも飲み込み、絶対零度の空間を443K(170℃)まで熱することにより生まれる。それはメタ宇宙と言えるかもしれない。
焼き始めた頃はカルディのシフォンケーキミックス粉を買っていた。その後、シフォンの材料は、薄力粉と砂糖と卵とサラダ油と水分だけであることを知った。ミックス粉など必要ないのである。更に書店やネットで調査を進めるうちに、赤堀博美さんの名著「しっとりシフォンケーキ―初めて焼いてもとびきりおいしい35レシピ」(別冊家庭画報)と出会った。私が手に取ったシフォンレシピの本の中では、唯一シフォンの歴史、材料の数量の理由などが詳しく解説されていた。レシピの内容は、他の多くのレシピ集とは多くの点で異なり(私はその内容をここで紹介したくない)、メレンゲの泡立て方には特に詳細な解説があった。メレンゲ作りの心構えまで記されており、理想のメレンゲ作りのために見開き2ページに写真が12カットも掲載されている。更に私が気に入ってしまったのは、そのころメレンゲを泡立てるためのハンドミキサーの購入を検討していたのだが、赤堀先生は「ハンドミキサーではメレンゲの微妙なやわらかさを見極めることが出来ないので、泡立器で確認しながら行ったほうがいいと思う」とおっしゃっていた点だ。
私はこのレシピを読んで、宇宙的な芸術品のようなシフォンケーキが焼きあがることを想像し、胸が高まってくるのを感じた。渋谷のブックファーストから発進すると、青山通りの紀ノ国屋まで遊泳し、切らしていた国産ハイパーバイオレットを無事収容した。そして自宅のキッチンへ航路を定めると、歩調を光速に切り替えたのだった。
(つづく)