2019年4月15日
霧島アートの森でカラヴァンの作品に出合う
4月上旬、お施主さんに「霧島アートの森」へ家族共々連れて行って頂きました。森の中を散歩しながら野外作品に触れることができるとても素晴らしい美術施設です。そこで思いがけずダニ・カラヴァンの作品に出合いました。
お施主さんの家族と私の家族の計 7人で小道を散策していたのですが、カラヴァンの作品だと気が付く前に、子ども達もお施主さんも妻も「なんだ!このトンネルは~!」みたいな感じで、吸い込まれるように作品へ駆け込んで行くので、私も付いていこうと足を速め作品の中に入ろうとしたとき、分厚いコールテン鋼が目に入りカラヴァンの作品だと気が付きました。
この作品は “Bereshit (In The Beginning)” という題名が付けられています。外観は厚いコールテン鋼で作られた廊下のような筒が小道から木々の間を水平に突き抜けています。廊下の先は、湧水町と山並みの美しい景色が広がっており、突き当りにはガラスが嵌っています。ガラスには「初めに、神は天地を創造された」と書かれたテキストがヘブライ語と日本語と英語で刻まれています。
“Bereshit (In The Beginning)” は、スペイン・バルセロナ近郊のポルト・ボウにベンヤミンへのオマージュとして制作された作品 “Passages, Homage to Walter Benjamin” と外観が似ています。’40年9月ベンヤミンはナチスに追われ、アメリカへ渡るためにフランスからピレネーを超えてスペインのポルト・ボウへ逃れて来たのですが正規の入出国手続きをしていなかったため、スペインの税関からフランス送還を通告されます。送還されたらゲシュタポにつかまることだろうと絶望した彼は自ら命を絶ったとされています。作品はやはりコールテン鋼で作られた廊下のような筒になっているのですが、崖から海へ落ちるように階段があり、突き当りは海と波しぶきしか見えません。突き当りのガラスは確か斜め下を向いて嵌められており「有名なひとたちの記憶よりも、無名なひとたちの記録に敬意を払う方が難しい。歴史の構築は無名のひとたちの記憶に捧げられる」とドイツ語、カタルニア語、スペイン語、英語で刻まれています。(日本語訳は95年の日本の展覧会のカタログによります)
このふたつの作品は見た目は似ていますが、現しているものは「絶望による死」と「始まり」ですからテーマは真逆です。作品を物理的に構成しているものは同じですが、作品を通して見えるものも、重力の感じ方も、中を通る時の光の感じ方も全く逆です。”Passages, ~” は、「暗い階段を落ちるように下ると突き当りは海の中」へ、”Bereshit” は、「上下左右から光が煌めく中を軽やかに進むと開けた世界が目の前に広がり」ます。更に “Passages, ~” は12月の末の晴れてはいたが風のある寒い日に、”Bereshit” は、薄着で十分な初春の晴れた穏やかな日に訪れたことも、対比を大きく感じる原因になっていると思います。
私はポルト・ボウ “Passages, ~”の他、 ’97年にニュルンベルグ、ケルン、デュッセルドルフ、エルサレム、ベエルシェバ、テルアビブでカラヴァンの作品を観ています。2000年前後に国内にいくつかカラヴァンの作品が実現していることは知っていましたが、鹿児島のこの作品はすっかり失念していました。
予備知識なくこのような体験ができることはめったにありません。しかも自分の意思で赴いたのではなく、お施主さんが子どもたちを遊ばせるには良いだろうと思ってたまたま連れてきてくれたのです。
どちらの作品も観る機会に恵まれ、しかもこのように偶然に!本当に貴重で嬉しい体験でした。